クローン病と診断された日|検査結果と当時の正直な気持ち

クローン病と診断されるまでの記事は、下記になります。
この記事は、検査を受けて、結果説明からになります。

1999年、25歳でクローン病と診断されました。
その日、医師からどんな説明を受け、何を感じ、何を考え、どう将来を考えたのか、仕事、恋愛も含め、今だから書ける実体験をまとめます。

検査結果の説明を受けた日

一通りの検査が終わり数日後、主治医がベッドへ訪ねてきました。
いつもの回診の時間ではなく、いつもの人数より少し多かったこと、「検査の結果なんだけど、今良いですか?」みたいな感じでフランクな感じだったのを覚えています。

検査結果をプリントした用紙を渡され、血液検査の結果から炎症値が高いこと、ここの画像に写っている物は大腸にある潰瘍、小腸も出血した形跡ありなど、かなり詳しく説明がありました。

あーこういう説明って、家族いる時に説明するわけじゃないのねって思ったのを覚えています。

説明が終わった時に、「病名ですが、いくつか候補があります。まだはっきりとは分かりません。大腸と小腸の組織検査の結果が、数日以内に出るのでまた来ます。」と言われました。

クローン病を初めて聞いた日

診断結果

数日後、多分クローン病です。と伝えられました。

  • 内視鏡検査の所見
  • 大腸に潰瘍があること
  • 小腸に潰瘍の跡があり、少量の出血があることから、潰瘍性大腸炎ではないこと

以上から、クローン病と判断されます。
原因は不明です。
全国に2万人いない、稀な病気です。
治療法は有りませんが、食事や薬でコントロールして、良い時期を増やしましょう。
予後の悪い病気ではありません。寿命は普通です。そこは大丈夫です。
指定難病です。国から治療費の助成があります。
組織の結果から、ガンはありません。

と主治医から説明がありました。

多分というのは、クローン病である可能性は高いけれど、人数が少なく、まだはっきりと分かっていない病気だからとの説明もありました。
診断が難しい病気なので、他の病院でも診てもらった方が安心できるでしょうから、退院したら遠慮せずに他の病院に相談して下さい。と言ってくださいました。

ご家族にもお伝えしたいので、予定の良い日をお知らせくださいとのことでした。
この時も、あー家族と一緒の説明じゃないんだって思ってました。
なんか、映画などでの病気告知シーンのせいで、家族全員なんだと勝手にイメージしてました。

他病院での診断結果

年末に退院後、年明けに他の病院で検査を行いました。
この病院は知人の紹介でした。

その病院でも、内視鏡検査などを行い、クローン病と診断されました。
ちょっとイロイロあり、この病院とは長続きしませんでした。
そのことは別の記事で詳しく書きます。

医師から病名を告げられた瞬間

クローン病、難病、治らない、と言われた時の正直な気持ちは、
「あーやっぱり病気なのね」くらいな軽い気持ちでした。
ショックで目の前が暗くなったとか、泣いたりはありませんでした。

高校生くらいからお腹の具合が悪く、すでに10年近く、この身体と付き合って来ていたからだと思います。
腹痛で病院へ行っても、過敏なんじゃない?病気ではないよ。気の持ちようでしょ。と言われてたのもあり、病気だと分かって、妙にスッキリしたのを覚えています。

治療法は無いと聞かされても、寿命は普通とのことだったので、大変だけれど、すぐに寿命が来るわけではないと思いました。
まだ、やりたいことをイロイロできるんだなと。
幼少の頃から、妙にポジティブというか、客観的な性格でしたので、悪い方にだけは考えませんでした。

医師から説明を受けている両親が、絶望的な顔をしていたのを覚えています。
そしてショックすぎて、両親は内容をあまり記憶していませんでした。

クローン病という病気をその場でどう理解したか

医師からの説明が分かりやすかったのもあり、その場で理解できました。

自分の体と折り合いをつけながら生きていく、無理はできない。
原因不明で発症していて、治らないけれど、コントロールは可能らしい。
なら、コントロールできるように頑張ってみるしかない。

ただ、当然不安はありました。

将来への不安

仕事

一番の不安は仕事でした。
退職届けを出しているので、2月から無職。
治療に専念できるけれど、その先は?
2000年はまだ就職氷河期であり、就職先は簡単に見つかりそうもない。

とりあえずまだ会社員なので、傷病手当を申請しました。
少額でしたが、少し気持ちが楽になりました。

治療しつつ、何かスキルを身につけようと、勉強することにしました。
不得意なことをしても仕方ないので、自分が得意な分野を整理して理解することにしました。
仕事にするのに、足りない部分を補うための勉強です。

この時の勉強は、後々役に立ちました。
無職なこともあり、昼間に集中することが出来たのは、大きかったです。

数年後、妻と知り合い、自営業をはじめました。

結婚

結婚願望があったのか?と聞かれれば人並みにという感じでした。
不安は当時付き合っている人と、どうするかでした。

診断前からお付き合いしている女性はいましたが、診断後の2000年1月に、病気を理由に別れました。
こんな病気です。また入院します。強い薬を使用します。しばらく会えません。しばらく働けなさそうです。しばらく結婚できません。
一通り説明して、相手の様子を伺いました。
ずっと無言でした。答えを探っている感じでした。
別かれるなら今がベストだと思います。と伝え、そうします。と返事をいただきました。

連絡する前から、向こうから迷いなく「病気でも大丈夫」と言って来ない限り、別れるつもりでした。
病気の人間に、それなら別れたいとは言いにくいです。
それぞれ人生がありますので、同じ人生でないなら早い方が良いと思っていました。

その後

その3年後に知り合った女性と結婚しています。
クローン病や潰瘍性大腸炎で、結婚されている方を知っています。
病気が理由で、結婚できないことはないです。
友人関係も同じですが、病気を理解してくれる人と出会えるか、コレにつきると思います。

生活

当然ですが、食生活も不安でした。
食べてはいけないものが多すぎます。
これは医師と相談しながら決めるしか無いと思いました。

それ以外の生活に不安はありませんでした。
腹痛があっても、漏らすほどではなかったのもあります。

今振り返って思うこと

いろいろと不安はありましたが、それよりも診断が出たことに安心しました。
ここまで腹痛や下血があって、様子を見て下さいと言われたらどうしようと思ってました。
そのくらい、高校生の頃の「学校へ行きたくないだけでは?」は、心に残っています。
あれのせいで、病院へ行くのを躊躇していました。

ただ、自己判断は良くないという教訓も得ました。
自己判断して、電車内で倒れましたし、病院へ行くのが遅れて、悪化させたと思います。

25歳で診断が出たことは、幸運でした。
社会に出た大人であったことで、受け入れる事ができたと思います。
思春期だったら、学校は?修学旅行は?友人と食事に行ったり出来ない?など、凄く悩んだと思います。

IBDと診断を受けた人へ

食生活など、いろいろと不便は続きますし、普通の人のようには出来ないかもしれません。
でも、出来る事はたくさんあります。
今後の生活のために、出来ないことに目を向ける時間も大切ですが、それ以上に、出来る事を探す時間が大切です。
何が出来るのか、どう人生を楽しむかに目を向けて下さい。

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